『文字通り』の認識

Scriptural Meaning!

The literal sense

Rationalizations!

Intended ScopeLiterary FormsMeaning of a text

規則 1. 神が私達に何を告げているのかを結論ずける前に聖書記者が言いたかったことを知らねばならない。

「霊感を受けた作者、即ち、聖書記者によって主張されていることはすべて聖霊によって主張されているのである…..聖書解釈者は神が何を我々に知らせようと望んだかをよく知るために、聖書記者が実際に何を意味しようとしたか、また彼らの言葉を通して何を示すのが神意であったかを入念に研究する必要がある。」

第二バチカン公会議、神の啓示に関する教義憲章、No.11-12

『文字通りの』認識は聖書の人間である作者が意図した意味である。

注意:重要な要素は作者の意向であり、言葉の『直訳』の意味ではない。

何故『直訳』の認識はダメなのか

基本から出発して簡単な例を挙げよう。マタイ福音書にイエスの大切な訓戒がある。

敵を愛しなさい。
自分を迫害する者のために祈りなさい。
あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせて下さるからである。1

マタイ 5,44-45

一般的な意味ははっきりしている。しかし、それ以上確かめ、神が『太陽を昇らせる』と云うことが何を意味するかを問うとする。問題なのは言葉だと思う落とし穴にはまってしまい、そこで辞書で調べる。

これは原理主義者と直訳主義者がすることである。彼らは言葉の意味から言い回しを理解することができると考えるが、深刻な過ちを犯してしまう。

原理主義者とは狭量で、反科学的で、しばしば不寛容な教義を固持する保守的キリスト信者を意味するようになった。1902年『原理』と呼ばれる12のパンフレットを作ったアメリカ聖書連盟にこの名は由来する。このような聖書の伝統的解釈では新しい聖書研究に対して自己防御的になる。

直訳主義者は文脈や文体に関係なく、言葉の表面的な意味からテキストを解釈する。彼らの解釈を『文字通り』の解釈と混同してはならない。

I例えば16世紀に天文学者コペルニクスは太陽が地球の周りを回っているのではなく、地球が太陽の周りを回っていることを提示した。直訳主義キリスト者はこれを「霊感を受けて書かれた聖書に反する」として、あり得ないことだと退けた。マタイ5,45のイエスが「父は太陽を昇らせ…」の箇所を引用してこの主張を証明した。従って、太陽が動くのであって、地球ではないと言った。同様にもう一つの誤解したテキストはヨシュア10,12-15で、ヨシュアが太陽を留まらせたくだりである。このような直訳主義者の解釈に基づいて、ガリレオ・ガリレイは1632年に自動説の撤回をロ-マから命じられ、一生涯軟禁の憂き目をみた。

しかし、もし言葉がそれ自体で意味を決めないなら、どこでそれを見つけるのだろうか。答えはいわゆる『文字通りの認識』にある。

『文字通り』の認識とは

テキストの文字通りの意味とは『直訳主義者』の意味とは反対に、話し手や原作者が意図した意味のことである。言いかえるならば、この人が何を言いたいのかを考えなければならない。私たちは著者が実際に考えていることを増し減らしなく、書かれたものから読み取らないかもしれない。

イエスが天の父が善人にも悪人にも同じように太陽を昇らせる例を引用した時、彼は天文学を教えるつもりはなかた。現代科学はとに角イエスの視野の外にあり、彼の聴衆の理解を超えるものであろう。イエスは私達が今日でもするように日常の表現を用いるのである。私たちは天文学上の知識を持っているにもかかわらず『太陽が昇る』と言うのである。

ここで私達はすべての聖書記者に応用する大切な原則について話している。実際に意味することは神が人間の書き手を通して話すので、神は人間の考え方、感じ方、話し方に従うのである。私達は彼の人間である道具が言わんとすることを知ることによって神が言おうとすることを知るだけである。

『文字通り』の認識の原則は他の原則に密接に関係している。


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