再び教導権を信頼することが出来るだろうか?

「あなたのそのような話し方が私の信仰を動揺させる!

もし教導権が過去に多くの間違いを犯したなら、どのように再び信頼することができるのだろうか?」

「その通りだ!

教導権は教会内で重要な役割を持っている。それは食品・保健委員会に公共の安全性を見守る役割が託されているのと同じである。

教導権がその信憑性を既に失い、まだ失い続けているのは教会にとり好ましいことではない。

教会は塩が味を失うことについてのキリストの戒めを留意すべきである。


「塩が味を失う?

何のこと?」

「信憑性を保つためにバチカンは次のような役に立たない実践を直ちに中止すべきである。


  • 司教シノドスの自由で建設的な協議を妨害すること。


    司教シノドスは教皇庁の影響とバランスを持たせるために第二バチカン公会議が設置したものである。

  • 司教協議会の権威の正当な行使を干渉すること。


    司教は教皇の代理ではなく、その教区を自分の権威で統治するキリストの代理者である。

  • 同類の候補者の高位聖職者、国際神学委員会などを任命すること。

    それは教会の指導者に従属的で、いいなりになる人を選ぶことになる。

  • 公的な見解に勇気をだして反論する神学者を弾圧すること。

    これは教会内の誠実で創造的な考えを衰退させてしまう。」

何故教導職に挑戦するのか


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